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常に無謀で向う見ず
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Side:C
【待人】

(本編続きから)

 すう、と息を吸い込めばひんやりと冷え澄んだ空気が喉を通り抜ける。その息を吐き出せばそれは仄かに白い靄になる。
 砂漠の夜では当たり前のものである。しかし今はまだ帳は降りておらず、鳥たちもまだまだ賑やかだ。
 夜の空気が昼に混じる町、此処はそんな町なのだ。

 冷えた空気は喉だけでなく、そのシーリーンの柔肌を痛く撫で付ける。
 ついいつもの習慣から薄着で出て来てしまったのだ。遅い後悔に見を震わせれば、共にしていたエーレンフェストがその背を急かした。
「早く宿に入ろうか、風邪を引いてしまわない内にね」
「…はい、もう早く暖かくしたいです」
 彼女の腕に抱き着けば、シーリーンは赤く染まった頬をぷくりと膨らませた。

 隊商宿には既に人で溢れていた。普段なら移動疲れなどものともせず町の探索に出掛ける者も居るのだが、慣れない寒さにはその勢いも削がれるようだ。
 シーリーンは集められた荷物に駆け寄ると、そこから一枚のストールを取り出しふぁさりと己の肩に掛けた。
「凄い寒い処だって聞いてましたけど、こんなに寒い処だとは思いませんでした!」
「そうだね、今日は雪が降ってないから、降ればもっと寒くなるよ」
「そ、それは耐えられないです!」
 きゅ、とストール引き寄せる彼女にエーレンフェストはくすりと笑い、暖かい物を用意しないといけないねと付け加えた。

「おーい、そこのお二人さん」
 辺りの声を割り、そう呼び掛ける声があった。
 二人が振り返ればそこには見馴れぬ顔が――少なくとも彼女らが知る範囲でだが――そこにあった。
 黒く焦げた髪を無造作に束ね、大きく手を振り己を主張している青年の姿はこの中で良く目立つ。
 身なりは整っているとは言えないが、旅路に着く程に汚れていたり乱れてはいない。極々普通の町人と言った姿である。
 シーリーンはきょとりと目を丸くし、首を傾げながら自らを指差した。
「私達ですか?」
「そうそう。なぁ、あんたら今日着いたっていう隊商の人だろ?」
「そうだよ、情報が早いね」
 いまひとつ状況が掴めていないシーリーンの代わりにとエーレンフェストが応えれば、青年は当然とばかりに頷いた。
 その様子はたった今噂話を聞き付け駆け付けたというより、前もってこの町に隊商が訪れることを知っていたかのようである。

 青年は辺りの人を確かめるように見渡し、僅かに眉をひそめると次いで問うた。
「んじゃ、この隊商にクライズクラウって奴は居ないか?此処に向かった隊商に居る筈なんだけど」
「クラウ姉さんですか?」
「そうそうそいつ!………あ、姉さん?」
 思わぬところで聞いた姉の名にシーリーンが問い返せば、今度は青年が問い返す。
 互いが互いに首を傾げる様子に思わず笑いが零れそうになるエーレンフェストであったが、それをどうにか飲み込んだ。
「姉貴分というやつだね。君はクラウの知り合いかな?」
「姉貴分?あ、あー成程な。あっはは、あいつらしい!」
 答えを聞けば青年の中で合点がいったらしく、続いた問いは聞こえなかったというように頷きを繰り返す。
 暫くそうやって繰り返していたが、ふと、青年の視線がシーリーンに止まった。
「あいつの妹分ねぇ…」
「…な、なんですか…?」
 じり、と下がるシーリーンを気にも止めず、青年は相も変わらず彼女を見遣る。
 そして一つ、にやりと笑った。
「あんたがクライズクラウの妹ってことはだ、」





「俺の妹でもあるってことだなー!」
「うにゃぁ!?」

 青年はシーリーンの肩を引き、半ば強引にその身体を抱き寄せた。
 シーリーンからすれば見ず知らずの男性が突然と抱きついてきたのだ。思わずにも悲鳴があがる。
 それは隊商宿に響き、場に居た者の視線を集め、その光景をそれぞれの思いで見つめ、無論中にはその行為を見咎める者も居り。

 やがて響くは鈍い一音である。

「汝!突然女性に抱きつくとは…何を考えている!」
 男の脳頭に棍を振り下ろしたのは、赤頭の護衛ハーティムであった。
 手加減はされていたとはいえ、怒りを加えられた一撃を食らった青年はシーリーンから引き剥がされ今や床でのたうち回っている。
「………っ!…いってぇっ!」
「当然の報いと知るといい。彼の方も怯えているではないか!」
 ハーティムが示す先、そこにはエーレンフェスト――そしてその後ろに隠れたシーリーンの姿があった。
 視線がシーリーンに集まれば、ビクリと肩を震わせ僅かに覗かせていた顔もすっかり彼女の後ろに隠れてしまう。
 それを先程の行為の怯えと取ったのか、ハーティムの言葉に更に熱が入る。
「見てみろ、弁明の一つもあるだろう!そもそも何者か、貴様!」
「そりゃ驚かしたのは悪いけどさ…つい嬉しくってさ、よっと」
 勢いをつけ起き上がった青年は、ハーティムを見上げ人懐こい笑みを見せてみた。

「俺はウージ。クライズクラウの兄貴だよ」

 ぱちりと、その場に居た全員が瞬いた。

「クラウ姉さんの…お兄さん?」
 シーリーンが顔を覗かせれば、目を合わせたウージが一つ相槌を打つ。
「そそ、そろそろ戻るって聞いてさ!そしたら妹分が居るっていうからな!」
「しかし、兄という割には似てないんだね」
「ひっでーな!どっか探せばあんだろ、良く見てくれよ!」
「汝、まだ此方の話が」
「あ、そうそうそれどころじゃないんだ!あいつ帰ってきてるんだろ?何処に居るんだ?」
「それどころじゃないとは、莫迦にするのも大概に、」
 噛み合わない会話を余所に、ウージは妹を探すように彼の後方を見遣っている。
 どうにか顔を此方に向かせようとするハーティムを再び遮ったのは、また別の声であった。

「クラウ様でしたら此方にはお出でになりませんよ」
 その声に全員の視線が移り、ハーティムの眉間に更に皺が寄せられた。
 無論、その主に悪気は一切のだから、彼は怒るに怒れないのだが。
「こっちに来ないって…どういうこった?」
 視線の先の彼――バシットゥが思わずその伸びた背筋を震わせたのは兄の棘ある言葉の為か、それともじとりと彼を見つめるシーリーンの視線の為か。
 どうにか心を落ち着かせたのか、バシットゥは頷き答える。
「成るべく早く孤児院へとお戻りになりたいとのことでしたので、今し方お送りした次第です。
 暫くはあちらでゆっくりなされるとのことでした」

「………マジで?」
「えー!姉さんもう言っちゃったんですか!」
 ウージの沈んだ声をシーリーンの跳ねた声がかき消した。
「シーリーン様もご存知でありませんでしたか。
 申し訳ありません、クラウ様も仰られていませんでしたのでご存知とばかり…」
「……」
 すっかり先程までの威勢をなくし、男は明らかに落ち込んでいるようだった。
 それが一変したのは、バシットゥが彼にも慰めの言葉を掛けようとしたときであった。
「どうか、そう気を落とされないよう、」
「っ、あっーーー!!!」
 奇声とも取れるその声と共にウージは立ち上がった。むしろ跳び上がったと表すことが出来るかも知れない。
 それぞれが驚き身を引かしたが、彼は既に眼中にはないようだ。
「こうしちゃいられねぇ!早く戻らねぇと!」
 それからの男の行動は早かった。立ち尽くすシーリーンとエーレンフェストの傍を通り抜け、バシットゥを押しのけ、扉に手をかける。そのまま扉を開け放ち、いざ冷たい風が吹きつける外へ。

 その肩に手をかけ、無理矢理に動きを制す男があった。
「待て!」
「い、って!なんだよ、急いでんだ!」
 どうにか払いのけようとするウージに、ハーティムは睨みを効かせる。
 強引に肩を引き寄せ隊商宿に押し戻せば、彼は扉の前に立ち塞がった。
「汝、先程の侘びが済んでいないのではないか?」
「侘びぃ?」
「まさかもう忘れたとは言わぬだろうな」
 ハーティムが言わんとしていることは、先程から彼がいきり立っていることである。
 つまり、ウージがシーリーンに抱きついた件だ。
「あ…あれはもういいだろ!ま、また後で来るから!」
「今謝ることも出来ないのか!」
「だから今急いでるからっ!…あーっ、もう早く行かせてくれーっ!」

***

「…そういや、ウージ兄さんはどうしたんだ?いつもなら真っ先に来んのに」
 抱えていた子供を降ろしたクライズクラウは、ふといつまでも現れない兄の姿を探した。
 彼女の傍に居た二人もつられるようにぐるりと辺りを見回した。
「あら、会ってない?あの子、貴方から手紙が来てから、毎日のように隊商宿に行ってるのよ」
「本当かぃ?あちゃー…あっち寄らずに来ちまったよ」
 参ったな、と頭を掻くその後ろで、もう一人の姉が呆れたようにこう片を付けた。

「ま、あいつのことだからその内飛んでくるでしょ」

――――――――――――――――――――――――――――
シーリーン(@たまださん)、エーレンフェスト(@Lucaさん)、ハーティム(@千景さん)、バシットゥ(@夜鳥さん)お借りしました。
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