Side:C
【捧ぐ-2】
少々長めですので、4つ記事に分けて投稿しています。
1つ前の記事よりお読み下さい。
(本編続きから)
二人は神殿の小さな一室へと通された。
手回しの良いバシットゥが先に事を伝えていたようで、既に此方の事情は周知しているようだった。
「まったく、俺になんも説明させねぇとはな」
椅子に軽く、そしていつもより淑やかに腰掛けながらクライズクラウはそう笑った。
案内した神官は此処で暫く待つよう告げた後、二人を残し部屋を出て行ったまま戻って来ていない。
「い、いらない節介でしたでしょうか?でしたら申し訳ありません、僕は、」
「そういうこと言ってんじゃねぇって。旦那はいつも頼んだこと以上のことやっから驚くって話さ」
「はぁ……恐縮です」
それでも気に掛かるのか男は申し訳なさそうに頭を垂れる。
このような状況になればすぐにでも一言二言面白がって言葉を掛けるのがクライズクラウの常である。
しかし、今日の彼女はいくら待てども言葉が掛かることはなかった。
バシットゥも訝しく思ったのだろう、ちらと横に座る彼女を見遣る。
口の前で指を組み、強張った表情の彼女が其処に居た。
らしくない緊張をしているのだろう。察しの良い男は彼なりの気遣いとして、それ以上彼女を気に掛ける事はなかった。
暫く無音の時間が流れた。
緊張というものは一度解れたとしても状況が進まなければぶり返されるものである。今のクライズクラウはまさにその状態であるだろう。
いつまで待てば良いのか、もしかしたら来ないのではないか。そんな焦りが頭の中で繰り返し、手にはじっとりと汗が滲む。
故に、唐突に扉が開けられた時にはバシットゥがつられる程に驚愕した。
「お待たせ致しました」
現れたのは壮年の神官だった。
五十には届かないぐらいだろうか、髪に白いものが混じり始めている男の神官は恭しく頭を下げた。
「私、巡礼神官をしておりますルシュディーと申します。よく大神殿へお越し下さいました、バシットゥ様、クライズクラウ様」
慌てて立ち上がり、深い礼を返す。その横にバシットゥが付き添えば、やはりゆっくりとではあるが頭を下げる。
神官は二人に頭を上げるよう促すと、錆びた鉄の色をした瞳をクライズクラウへ向けた。
「……あれから幾年経ったでしょう、まさか再びこうしてお会い出来るとは…。大きくなられて」
「ご、」
思わず声が裏返る。一つ、息を飲み込んだ。
「……ご存知、なのですか?」
「ええ。貴方様は覚えてはいないでしょうが、私も二十四年前、アル・アフーウ様と共に氷の町に訪れていたのですよ」
ルシュディーは懐かしそうに目を細める。
彼曰く、若き頃の彼はアル・アフーウの付き人として巡礼地を周っていたという。それもまた古い話になりますが、と彼は最後に付け足した。
「そう、で御座いましたか…。アル・アフーウ様のことは母や兄姉から良く聞かされていたのですが」
クライズクラウは孤児院の養母を母と呼び、共に育った孤児たちを兄姉と呼ぶ。それが習慣であり、当り前のことなのだ。
「どうぞお気になさらないで下さい。実際全てはアル・アフーウ様によるものでありますから」
「有難う御座います…。……それで、その」
後頭部を掻こうと上げかけた手が慌てて取り下げられる。先程からの敬語といい、彼女が普段の言動を隠そうとしているのが見て取れる。
最も、それを理解しているのは傍らで様子を見守っているバシットゥだけなのだが。
もう長い付き合いになる元神官は微笑ましそうに此方を見ており、クライズクラウはそんな彼に恨めしげな視線を投げ掛ける。
その言葉のないやり取りが良い潤滑油になったのは幸いだろうが。
「……アル・アフーウ様はどちらに?」
「はい。ご案内致します」
ルシュディーが扉を開き、先を促すように手を向ける。
それを見計らっていたのか、バシットゥはクライズクラウを呼び止めた。
「それでは、僕は失礼させて頂きます」
一つ礼をすれば彼は暇することを告げた。
御役目が終わったということもあるのだろうが、彼らの再会の邪魔にならないようにとバシットゥなりの配慮もあるのだろう。
何分二十年以上もの歳月があるのだ、積もる話は計り知れない。そうであれば自分は居合わせない方が良いだろうとの判断だ。
「バシットゥ」
名を呼ばれ、顔を上げた時に見た彼女の顔はどこか硬かった。
「あん……さ、旦那が良けりゃ、もうちょぃとだけ付き合ってくれねぇか?」
声を潜め、彼女は約束にお願いを付け加えた。
彼は幾度か瞬き、悩むことなく承諾した。
手回しの良いバシットゥが先に事を伝えていたようで、既に此方の事情は周知しているようだった。
「まったく、俺になんも説明させねぇとはな」
椅子に軽く、そしていつもより淑やかに腰掛けながらクライズクラウはそう笑った。
案内した神官は此処で暫く待つよう告げた後、二人を残し部屋を出て行ったまま戻って来ていない。
「い、いらない節介でしたでしょうか?でしたら申し訳ありません、僕は、」
「そういうこと言ってんじゃねぇって。旦那はいつも頼んだこと以上のことやっから驚くって話さ」
「はぁ……恐縮です」
それでも気に掛かるのか男は申し訳なさそうに頭を垂れる。
このような状況になればすぐにでも一言二言面白がって言葉を掛けるのがクライズクラウの常である。
しかし、今日の彼女はいくら待てども言葉が掛かることはなかった。
バシットゥも訝しく思ったのだろう、ちらと横に座る彼女を見遣る。
口の前で指を組み、強張った表情の彼女が其処に居た。
らしくない緊張をしているのだろう。察しの良い男は彼なりの気遣いとして、それ以上彼女を気に掛ける事はなかった。
暫く無音の時間が流れた。
緊張というものは一度解れたとしても状況が進まなければぶり返されるものである。今のクライズクラウはまさにその状態であるだろう。
いつまで待てば良いのか、もしかしたら来ないのではないか。そんな焦りが頭の中で繰り返し、手にはじっとりと汗が滲む。
故に、唐突に扉が開けられた時にはバシットゥがつられる程に驚愕した。
「お待たせ致しました」
現れたのは壮年の神官だった。
五十には届かないぐらいだろうか、髪に白いものが混じり始めている男の神官は恭しく頭を下げた。
「私、巡礼神官をしておりますルシュディーと申します。よく大神殿へお越し下さいました、バシットゥ様、クライズクラウ様」
慌てて立ち上がり、深い礼を返す。その横にバシットゥが付き添えば、やはりゆっくりとではあるが頭を下げる。
神官は二人に頭を上げるよう促すと、錆びた鉄の色をした瞳をクライズクラウへ向けた。
「……あれから幾年経ったでしょう、まさか再びこうしてお会い出来るとは…。大きくなられて」
「ご、」
思わず声が裏返る。一つ、息を飲み込んだ。
「……ご存知、なのですか?」
「ええ。貴方様は覚えてはいないでしょうが、私も二十四年前、アル・アフーウ様と共に氷の町に訪れていたのですよ」
ルシュディーは懐かしそうに目を細める。
彼曰く、若き頃の彼はアル・アフーウの付き人として巡礼地を周っていたという。それもまた古い話になりますが、と彼は最後に付け足した。
「そう、で御座いましたか…。アル・アフーウ様のことは母や兄姉から良く聞かされていたのですが」
クライズクラウは孤児院の養母を母と呼び、共に育った孤児たちを兄姉と呼ぶ。それが習慣であり、当り前のことなのだ。
「どうぞお気になさらないで下さい。実際全てはアル・アフーウ様によるものでありますから」
「有難う御座います…。……それで、その」
後頭部を掻こうと上げかけた手が慌てて取り下げられる。先程からの敬語といい、彼女が普段の言動を隠そうとしているのが見て取れる。
最も、それを理解しているのは傍らで様子を見守っているバシットゥだけなのだが。
もう長い付き合いになる元神官は微笑ましそうに此方を見ており、クライズクラウはそんな彼に恨めしげな視線を投げ掛ける。
その言葉のないやり取りが良い潤滑油になったのは幸いだろうが。
「……アル・アフーウ様はどちらに?」
「はい。ご案内致します」
ルシュディーが扉を開き、先を促すように手を向ける。
それを見計らっていたのか、バシットゥはクライズクラウを呼び止めた。
「それでは、僕は失礼させて頂きます」
一つ礼をすれば彼は暇することを告げた。
御役目が終わったということもあるのだろうが、彼らの再会の邪魔にならないようにとバシットゥなりの配慮もあるのだろう。
何分二十年以上もの歳月があるのだ、積もる話は計り知れない。そうであれば自分は居合わせない方が良いだろうとの判断だ。
「バシットゥ」
名を呼ばれ、顔を上げた時に見た彼女の顔はどこか硬かった。
「あん……さ、旦那が良けりゃ、もうちょぃとだけ付き合ってくれねぇか?」
声を潜め、彼女は約束にお願いを付け加えた。
彼は幾度か瞬き、悩むことなく承諾した。
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