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常に無謀で向う見ず
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Side:C
【捧ぐ-1】

少々長めですので、4つ記事に分けて投稿しています。

(本編続きから)

 ズフルの礼拝を終え、大神殿より人が溢れ出す。
 本日は週に一度の集団礼拝、ジュマアである。礼拝の時刻を告げるアザーンによりこうして集っていたのだ。

 神の膝元である大神殿。その凛とした空気は人間やジーニーは勿論であるが、ジンの者でさえ飲み込んでいるようだった。
 礼拝は確かに終わっている。それでも、神殿から流れ出るその空気は礼拝者の身体から離れようとはしない。
 去る皆々の後姿を、未だ女神に見られているかのようだ。緩まぬ表情からはそのような想いが読み取れる。
 それが果たしてこの地を神聖であると信じる心から来るものか、実際に女神の眼によるものか。各々の心によるものである。

 そうして流れる人波を、バシットゥは柱の陰より眺めていた。
 今日この日、さる女性と約束事をしているのだ。
 ジュマアの義務は男性にしかないが、彼女であれば参加している筈であろうとこうして出てくるのを待っているのだ。
 しかし人が集まれば声が溢れるのは然るべきこと。必然として視覚に頼らなければならないのは仕方のないことである。
 だが、経てども経てども待ち人が視界に入ることがない。それでも痺れを切らさず待ち続けることが出来たのは彼の義理堅い性格と忍耐力によるものだろう。
 バシットゥが待ち人と引き合えたのは、人波が過ぎ一人の声がようやって聞き分けられるようになってからのことである。

「――旦那!こっちだこっち!」
 漸く届いた声にバシットゥの視線がそちらへ流れる。
 しかし流れたその先に待ち人の姿は見えず、男は気のせいかと視線を逸らしかけた。
 待ち人にはその姿がしかと見えたらしく、たまらずと言ったように次の声が男のすぐ傍で発せられる。
「おい、バシットゥ!」
 再びの声に咄嗟に振り返れば、男は思わず幾度か瞳を瞬かせた。
 そして自身の思考と目の前の出来事が一致すると慌てて頭を下げる。
「漸く気付いたか。結構前から声掛けてたんだがなぁ」
「も、申し訳ありません……その、なんと申したら宜しいか……」
「良いさ、どうせカッコから気付かなかったってオチだろ?俺だってこんなカッコぐらいすらぁ」
 からりと笑うその様子に、バシットゥの頭は更に低くなる。
 正装と言うべき服装なのだろう。白の法衣を纏うその姿は男が初めて見るものであり、気付くのを遅らせた要因となっていた。眼前の人物が己の性別と合致する服装を纏うことは男の認識から外れており、それは大方正しいのだ。
 無造作にムクナを外し、その下に隠れていた黒髪が流れ落ちる。それもまた珍しく、こんなに長かったのかと思わず息を呑む程であった。
 その心情を知ってか知らずか、待ち人はバシットゥに笑いかける。
「そんじゃ、今日は頼むぜ。旦那」
 格好は違えど、立ち振舞は常と変わらない。変わらぬ調子に男も強張る肩を安堵させた。
「はい、お任せ下さい。クラウ様」

***

 事の次第は数日前に遡る。
 それは隊商が大神殿への長い旅路を終え、宿で漸く一息ついたときのことだった。
「お願い…で、御座いますか?」
 確認の言葉にクライズクラウは一つおう、と応えた。
「ま、旦那も色々用事あるだろうし、暇ンときで良いんだ。…あー、早い方がいいっちゃいいんだが」
 気まずそうに頭を掻いたのは頼み事が言い辛い為か、それとも頼みの彼が丁度荷解きを終えたばかりからか。
 内地の宿泊所に泊まる者でも砂漠を渡る大荷物を持って行くわけにはいかない為、この隊商宿で身を軽くするのだ。
 故に内地に行く者はこの後荷造りが待っているのだが、バシットゥとしてはそれは些細なことのようであり、むしろ丁度良いとも言うように一つ頷いた。
「いえ、構いませんよ。どのようなご用件で御座いましょう」
 返された人の良い笑みに、彼女は口籠る。
 腕を組み、幾度となく目を瞑る。その様子は言い出し辛いというよりもどう言うべきかを模索しているように見えた。
 漸く開いたその口から出た言葉は、ある一人の名前であった。

「――旦那は、アル・アフーウ様って知ってるかい?」
 男は暫くその名を頭に巡らせ、やがて一つ頭を振る。
「申し訳ありません、僕には心当たりは…」
「嗚呼、いや、いいんだ。念の為っつーか確認みてぇなもんだしな」
 それに続くであろう謝罪の言葉をクライズクラウは早口で遮った。依然として何か言いたげではあったが、それが出てしまう前に話題を移す。
「大神殿に勤めてる神官様なんだが…ま、街の神殿を巡礼すんのが役目みてぇだったし、歳もいってる方さ。旦那が知らねぇのも無理もねぇ」
「やはり、神官の方で御座いましたか…いえ、ご高齢でありましたら尚の事僕の至らぬところでありまして」
「だぁからいいって、俺だって二十四年ぐれぇ前のことしか知らねぇんだ」
 からからと彼の様子が愉快だと笑うクライズクラウとは対照的に、当のバシットゥは目を幾度か瞬かせる。
 それは偏に、先の言葉と彼の神官がバシットゥの中で繋がった為だった。
「クラウ様、その……アル・アフーウ様とは……」
「ん……旦那には話したっけな」
 察してか、クライズクラウは一つ頷いた。
「そうさ。アル・アフーウ様は、二十四年前に氷の町で捨てられてた俺を拾って下さった方さ」
 次に口篭ったのはバシットゥの方であった。
 クライズクラウが捨て子であり、巡礼中であった神官に拾われたという話は本人から既に聞いていた話である。
 しかし、こうして本人を目の前にして話そうとすれば言葉が湧いてこないのは自然なことである。男の性格を考えればそれは尚の事だ。
 彼女からすればそれも慣れたことなのだろう。わざとらしく声を出して笑って見せた。
「この名前もそのときにくれたんだ。けど、それ以来氷の町には来てねぇらしくて、俺もまともに会ったことなくってな……」
 そこで初めて彼女は表情を曇らせた。
「ここで漸く巡ってきた縁さ。一言、恩人に礼言っておきてぇのさ」
「左様で御座いましたか。……して、僕に頼み事というのは?」
「嗚呼、そいつは……」
 かし、と頭を掻く。
「なんつーか、俺みてぇのがいきなり行ってもなんか悪ぃし……旦那に仲介っつーか、取次お願いしてぇのさ」
「そのようなことでしたらお任せ下さい」
 思慮深く、穏やかな元神官は柔らかく微笑み快く承諾した。
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