Side:C
【捧ぐ-3】
少々長めですので、4つ記事に分けて投稿しています。
2つ前の記事よりお読み下さい。
(本編続きから)
「あれは寒い、帳が降りかけた雪のことでしたね」
こつり、こつりと音が響く。
神官の先導の元、タイルの回廊を進む。
天井には日の光が入るよう天窓が取り付けられているらしく、そこより入る白い日差しが三人を照らしている。
時折神殿勤めの神官とすれ違うことがあったが、それでもこの回廊は人の出入りが少ないようだ。
回廊は中庭に沿うよう設けられおり、中には澄切った小川が流れ、その周りを色とりどりの花々が縁取っていた。
あれは女神の花輪より種を持ち帰り育て、清流は聖堂の泉に通じているのだと先程ルシュディーが教えてくれた。
「氷の町へ向かう途中だったのですが、突然の雪に見舞われてしまったのを覚えています。もう町に着く距離だったのが幸いでした」
ルシュディーが語るのは昔日の、彼と彼女が出会いしあの日のことである。
辿り着くまでの時間を使おうとルシュディーが提案し、是非にとクライズクラウがせがんだのだ。その後ろではバシットゥが自分はどうすれば良いのかと戸惑っていたのは言うまでもないのだが。
「あの日はいつも以上にルフが騒いでいたと、母から聞いております」
「ええ。後に聞く話ではルフ達は当代のアル・ムハイミン様の誕生祝いの余興のつもりだったとか」
その時を思い出してか、彼は懐かしそうに皺を刻んだ目を細めた。
悪戯好きのルフ達は彼らが寝静まる夜内に雪を積もらせ驚かせるつもりだったのだろう。それが神官達の巡礼に重なってしまったのは不運であった。
だが、その不運が貴女の幸運に繋がったのでしょうと神官は語る。
「私達が先を急ごうとする中、アル・アフーウ様だけ足を止められました」
赤子の泣き声がする、と。
「さぞ驚かれたことでしょう」
くすりと、まるで自分のことでないことのようにクライズクラウは笑った。
前を行く神官が緩く振り向きそれを見遣ると同じような笑みを返す。
「それはもう。誰もが気のせいだ、風の音だろうと口を揃えたものです」
それでも彼の神官は頑なに意見を変えなかった。
皆の静止を振り切り駈け出した師を追い、その時のルシュディーも駈け出したと言う。
そして、その言葉が間違いでなかったことを知った。
「己の目を疑い、暫く言葉をも失いました。町の灯は見えるとは言え砂漠の真ん中で、それも吹雪く夜に」
「……」
「……アル・アフーウ様は既にその子を抱えられておりました。呆然とする私を叱り、隊を先に宿へ向かわせ私達は町離れの孤児院へ向かいました」
孤児院は東の外れに備えられていた。それは幾年前まで使われていた神殿を借りているものであった為、大神殿でその存在を知っている者も少なくはなかったのだろう。
宿へ向かうよりもより近い孤児院へ。一刻も早く雪の寒さから赤子を護らんとする判断だった。
「後のことは、クライズクラウ様もご存知でしょうか?」
「……はい、湯を用意したりアル・ムハイミン様に使いを送ったりと。あまりの慌ただしさに兄姉達も起き出してしまったとか」
「確かに、慌ただしくも賑やかな時だったことを覚えております。……懐かしいですね、もう二十年以上前のこととは」
ふと、神官は一つの扉の前で足を止めた。
後ろの二人へ振り返ると、眼前の彼女に問い掛ける。
「ところでクライズクラウ様。……ご両親は見つけられましたか?」
言葉に、彼女は一つ間を置いてから頭と横に振り否と応えた。
その返答にそうですか、と小さく呟きルシュディーは目を伏せる。
「本来アル・アフーウ様は貴女を此処大神殿へお連れしようとお考えだったようです。ですが、赤子を旅路に連れるには酷であろうとそのまま孤児院にお任せすることになりました。……私達は、この二十四年、何もお力になることは出来ませんでしたね」
「いえ、そのようなことありません」
再度、彼女は否と言う。
「あの時がなければその二十四年はなかったのです。それだけで、それだけで十分なお力を私は頂いております。それに、」
それに。言いかけたが、彼女は続く言葉を飲み込み唇を結んだ。
言い難いことなのか上手く言葉に出来なかったのか。どちらにせよ、それに言及するような彼らではなかった。
「……立派に育たれたのですね。アル・アフーウ様もお喜びになるでしょう、ずっと気に掛かれておられましたから」
静かに呟けば、神官は扉に手をかける。
「ルシュディー様、そちらは――」
彼がその先へ進む意思を見せた瞬間、思わずバシットゥが声をあげた。
彼は元々大神殿にその身を置いていた神官である。それ故に、大神殿の道が何処に通じており、扉の先が何処に繋がっているかを熟知していた。
だからこそ、その扉の先へ向かうのに違和感があったのだ。
けれど問い掛けるより先にその言葉は遮られた。
「バシットゥ」
それは扉の先を知らぬ筈のクライズクラウからのものだった。ですが、と困惑を見せるバシットゥを真正面から見据え、彼女は無言で訴える。
暫く言葉を練らせ、漸くその意図を口にする。
「いい」
唯一言、繰り返す。
「……いいんだ」
扉を開いた先は長い通路であった。
左右には白塗りの壁が広がり、等間隔に下げられたランプの仄暗い灯が辺りを照らしている。
反響する足音を後にし進めばそこにはもう一つ扉があった。
それを開ければ強い日差しが眼に飛び込んだ。外に出たのである。
神官の案内は更に続き、やがて足元は石畳から土へと変わる。
丁度神殿の裏側に出ているのだろう。辺りに家らしきものは見当たらず、酷く静かだった。
それでも足元を固め道と呼べるものがあり、手入れが行き届いているところから人の行き交いがあることを連想させる。
そうして道を進み、やがて神官の足が止まった。
「アル・アフーウ様は、此方にいらっしゃいます」
振り返りそう述べた後、神官は道を開ける。
視界に広がるのは一面に広がった土の世界だった。
人程に盛られた土が一定の列を組み、整然と並ぶ。唯それだけであるというのに、その光景は何故か礼拝を終えたかのような静けさを覚えさせる。
盛られた土の片側に申し訳なさげに置かれた煉瓦の石が、この場所の意味を伝えた。
此処は、墓地である。
こつり、こつりと音が響く。
神官の先導の元、タイルの回廊を進む。
天井には日の光が入るよう天窓が取り付けられているらしく、そこより入る白い日差しが三人を照らしている。
時折神殿勤めの神官とすれ違うことがあったが、それでもこの回廊は人の出入りが少ないようだ。
回廊は中庭に沿うよう設けられおり、中には澄切った小川が流れ、その周りを色とりどりの花々が縁取っていた。
あれは女神の花輪より種を持ち帰り育て、清流は聖堂の泉に通じているのだと先程ルシュディーが教えてくれた。
「氷の町へ向かう途中だったのですが、突然の雪に見舞われてしまったのを覚えています。もう町に着く距離だったのが幸いでした」
ルシュディーが語るのは昔日の、彼と彼女が出会いしあの日のことである。
辿り着くまでの時間を使おうとルシュディーが提案し、是非にとクライズクラウがせがんだのだ。その後ろではバシットゥが自分はどうすれば良いのかと戸惑っていたのは言うまでもないのだが。
「あの日はいつも以上にルフが騒いでいたと、母から聞いております」
「ええ。後に聞く話ではルフ達は当代のアル・ムハイミン様の誕生祝いの余興のつもりだったとか」
その時を思い出してか、彼は懐かしそうに皺を刻んだ目を細めた。
悪戯好きのルフ達は彼らが寝静まる夜内に雪を積もらせ驚かせるつもりだったのだろう。それが神官達の巡礼に重なってしまったのは不運であった。
だが、その不運が貴女の幸運に繋がったのでしょうと神官は語る。
「私達が先を急ごうとする中、アル・アフーウ様だけ足を止められました」
赤子の泣き声がする、と。
「さぞ驚かれたことでしょう」
くすりと、まるで自分のことでないことのようにクライズクラウは笑った。
前を行く神官が緩く振り向きそれを見遣ると同じような笑みを返す。
「それはもう。誰もが気のせいだ、風の音だろうと口を揃えたものです」
それでも彼の神官は頑なに意見を変えなかった。
皆の静止を振り切り駈け出した師を追い、その時のルシュディーも駈け出したと言う。
そして、その言葉が間違いでなかったことを知った。
「己の目を疑い、暫く言葉をも失いました。町の灯は見えるとは言え砂漠の真ん中で、それも吹雪く夜に」
「……」
「……アル・アフーウ様は既にその子を抱えられておりました。呆然とする私を叱り、隊を先に宿へ向かわせ私達は町離れの孤児院へ向かいました」
孤児院は東の外れに備えられていた。それは幾年前まで使われていた神殿を借りているものであった為、大神殿でその存在を知っている者も少なくはなかったのだろう。
宿へ向かうよりもより近い孤児院へ。一刻も早く雪の寒さから赤子を護らんとする判断だった。
「後のことは、クライズクラウ様もご存知でしょうか?」
「……はい、湯を用意したりアル・ムハイミン様に使いを送ったりと。あまりの慌ただしさに兄姉達も起き出してしまったとか」
「確かに、慌ただしくも賑やかな時だったことを覚えております。……懐かしいですね、もう二十年以上前のこととは」
ふと、神官は一つの扉の前で足を止めた。
後ろの二人へ振り返ると、眼前の彼女に問い掛ける。
「ところでクライズクラウ様。……ご両親は見つけられましたか?」
言葉に、彼女は一つ間を置いてから頭と横に振り否と応えた。
その返答にそうですか、と小さく呟きルシュディーは目を伏せる。
「本来アル・アフーウ様は貴女を此処大神殿へお連れしようとお考えだったようです。ですが、赤子を旅路に連れるには酷であろうとそのまま孤児院にお任せすることになりました。……私達は、この二十四年、何もお力になることは出来ませんでしたね」
「いえ、そのようなことありません」
再度、彼女は否と言う。
「あの時がなければその二十四年はなかったのです。それだけで、それだけで十分なお力を私は頂いております。それに、」
それに。言いかけたが、彼女は続く言葉を飲み込み唇を結んだ。
言い難いことなのか上手く言葉に出来なかったのか。どちらにせよ、それに言及するような彼らではなかった。
「……立派に育たれたのですね。アル・アフーウ様もお喜びになるでしょう、ずっと気に掛かれておられましたから」
静かに呟けば、神官は扉に手をかける。
「ルシュディー様、そちらは――」
彼がその先へ進む意思を見せた瞬間、思わずバシットゥが声をあげた。
彼は元々大神殿にその身を置いていた神官である。それ故に、大神殿の道が何処に通じており、扉の先が何処に繋がっているかを熟知していた。
だからこそ、その扉の先へ向かうのに違和感があったのだ。
けれど問い掛けるより先にその言葉は遮られた。
「バシットゥ」
それは扉の先を知らぬ筈のクライズクラウからのものだった。ですが、と困惑を見せるバシットゥを真正面から見据え、彼女は無言で訴える。
暫く言葉を練らせ、漸くその意図を口にする。
「いい」
唯一言、繰り返す。
「……いいんだ」
扉を開いた先は長い通路であった。
左右には白塗りの壁が広がり、等間隔に下げられたランプの仄暗い灯が辺りを照らしている。
反響する足音を後にし進めばそこにはもう一つ扉があった。
それを開ければ強い日差しが眼に飛び込んだ。外に出たのである。
神官の案内は更に続き、やがて足元は石畳から土へと変わる。
丁度神殿の裏側に出ているのだろう。辺りに家らしきものは見当たらず、酷く静かだった。
それでも足元を固め道と呼べるものがあり、手入れが行き届いているところから人の行き交いがあることを連想させる。
そうして道を進み、やがて神官の足が止まった。
「アル・アフーウ様は、此方にいらっしゃいます」
振り返りそう述べた後、神官は道を開ける。
視界に広がるのは一面に広がった土の世界だった。
人程に盛られた土が一定の列を組み、整然と並ぶ。唯それだけであるというのに、その光景は何故か礼拝を終えたかのような静けさを覚えさせる。
盛られた土の片側に申し訳なさげに置かれた煉瓦の石が、この場所の意味を伝えた。
此処は、墓地である。
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