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常に無謀で向う見ず
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Side:H
【ツマヒキ】
(※流血描写があります。ご注意下さい)

(本編続きから)

昔から爪を伸ばしておくことが癖だった。
指から離し刃を入れ、普通では切り落とすところも残していた。
片腕となり、爪を切るのを他者に任せるようになったが、それでも煩わしいと感じるまで頼むことはなかった。切り揃えられ、整った己の爪を見る度に自分から何かが欠落したように感じるのだ。
今でもこうして掌を見れば、その指から白く伸びた爪先が隠れることなく顔を見せる。

昔から爪を伸ばしておくことが癖だった。



少年は曲がった先に現れた塀に目を大きく見開いた。
ステップを踏むように急ぐ足をその場に留め、四方を見渡す。眼前、そしてその左右は塀で囲まれている。塀は高く、ジンならばともかく小柄な少年ではとても乗り越えられないような高さである。
此処から伸びる道は先程駆け抜けた角道一つ。
しかしそれは餌すら仕掛けられていない檻に自ら飛び込みに行くようなものだ。
額から汗が滲み出る。それが地面にぽたりと落ちたと同時か、先の角から人影が現れた。

「そろそろ諦められたか」
少年が置かれた状況を確認すれば、ハナシュはそう問い掛けた。まるで強請られた遊戯に飽き、もう勘弁してくれと子供に訴えるかのようだ。
それとは対称的に少年は緊張感に包まれていた。ハナシュの姿を認めれば詰まる息を吐き切れず、譫言のように声にならない言葉を繰り返している。
一つ、ハナシュは歩を詰めた。男に驚かす意図はなかったが、この少年には今何もかも威しの行為に映るらしい。
大袈裟な程に肩を震わせ、勢いに任せ少年は後退る。勿論先には塀しかなく、彼はそのまま大きく背を打ち付ることとなった。
呻きそこに座り込む少年を見遣り、ハナシュはただ肩を竦める。

「…ご、ごめん、なさい…!」
どうにか絞り出された声に、男は我関せずと首を傾げた。
「謝る先が違う。僕に言われても困る」
今のハナシュは雇われの身である。彼を許すか否かは雇い主次第だ。
しかし少年の思惑はそれとは別にあるようだ。
「ごめんなさい、もう、もうしませんっ!だから、だからっ、お願いします…っ!」
彼は訴えるように、懇願するように男の目を見遣った。

「見逃して下さい…っ」

その瞬間、ハナシュの眉間が怪訝だと言わんばかりに皺を寄せた。
少年はまた肩を震わせた。
「生憎見逃す理由を持っていない」
「お願いです、もうしませんから!」
「僕には関係ない」
「そんなっ」
少年は必死に頭を下げ続ける。その様子はまるで憐れで、ハナシュの方が悪漢に見えてしまう。
どちらにしろ、少年は折れるつもりがないようだ。
ハナシュはまた一つ、少年に近寄った。

「なら」
男の言葉に、少年は希望を見つけたように顔を上げる。
「まずは君が盗った櫛を渡してるもらおうか」
少年の表情が引き攣った。
その為にハナシュは雇われたのだ。この一月、常習的に現れる盗人から宝を護ってくれと。
少年は暫し戸惑ったように落ち着かなかったが、やがて観念したように自分の服に手を差し入れた。しかし一瞬驚愕の表情を見せ動きを止める。そして何事かまた落ち着きなく己の身体をま探り始めた。
それを男は何を言うでもなくただ眺めていた。やがて、先程より心持ち小さく身を萎めた少年が申し訳なさそうに口を開く。

「…すいません、どこかで…その、落としてしまったみたいです」
「落とした?」
「ぜ、絶対見つけて返します!ですから、仕置だけはっ」
呆れか面倒臭さか、どちらにも取れる溜息を男はついた。
がし、と頭を掻く。そのまま少年の眼前まで歩を進め、視線を彼に合わせた。
「…困ったな」
少年を見据える男の表情はまさにその言葉通りだった。
眉を下げ、口許に僅かな笑みを見せる。その表情に、少年の恐れも和らいだようだ。荒かった息遣いも今では落ちついている。
「僕は、」
ハナシュはゆっくりと、少年の肩に左手を置いた。



「嘘が嫌いなんだ」

次の瞬間、塀に紅の色が飛んだ。

突然の痛みに少年は叫びにも近い声を上げた。じわりと、少年の肩から血が滲み出す。
男の爪が、彼の柔肌を貫き肉を裂いていた。
「騙せると思ったか?君がそうして逃げた後、盗って隠した物を回収していたことはとうにバレているのに」
左手に更に力を込めた。爪は柔らかい肉に難無く食い込み、少年は呻き声を鳴らす。
ハナシュは至って当然のように、笑むことを止めず続ける。
「まぁ、演技だけ見れば中々のものだ。特にあの櫛を探す演技は上手かった。普通なら騙されてしまう」
「う、嘘なんか、じゃ、っぎゃ!」
少年の言葉を遮るように男の爪が動いた。爪を食い込ませたまま、それを背から前へ。皮膚が捲れ上がり少年の肩に紅の道が四本作られる。一瞬肉が見えたかと思えば忽ち真っ赤な血がどろりとその道に溢れ出す。
男の顔から笑みが消えた。
「僕の前で嘘を付かない方が良い」
紅く染まった爪を引き抜けば、筆で線を引くように少年の首筋に爪を滑らせた。
そして始め少年の肩にしたように、そっと首に手を添えた。その手に伴うねとりとした感触を、考えるまでもなく己の血だと理解すれば、彼の身体は小刻みに震え出す。
かたりかたりとした震えは止めようとすればする程に音を増した。歯と歯が打ち合い脳にカチカチと音を響かせた。
これは男と対峙したときのような、欺く為の震えではない。

「…さて、もう一度訊こうか」
少年の首が微かに痛んだ。男が爪を突き立てたのだ。
「君が盗んだ、櫛は何処だ?」

「…ひゃ…ぁ、…」
声が喉にへばり付き押し潰される。
言わねばまた引き裂かれるのだろう。解っている。それにも関わらず強張った少年の身体は声の出し方を忘れてしまったようだ。
それに痺れを切らしたのか、ハナシュは少年の皮膚を微かに抉った。
先程よりは浅い、掠ったかぐらいの傷だ。それでも、少年の潰れた喉を押し開けるには十分な深さだったようだ。
「み、三つ路地の、女神像の下…っ、石畳が一つ崩れてて…!そこの下にっ!」
「他には?」
「他って…」
「このことで隠していることは?」
「な、ないです!本当に、これだけで、信じて…っ!」
「…」
ハナシュの目付きが険しくなった。少年の目を己に向けるよう、親指で彼の顎を押し上げる。
男の目に少年が映る。彼が『演技』していた頃は形こそ怯えた振りではあったが、目には確かな自信があった。嘘をつき通す、相手を騙せるという自信。
―随分と、薄っぺらい自信だったものだ。ハナシュは鼻で笑う。
その笑いが少年をまた震え上がらせる。しかし、少年の考えとは裏腹に男は彼の首筋から手を離した。
「―…嘘、ではないみたいだな」

男の言葉に強張ったその身体の糸が千切れたようだ。少年の身体から力が抜け、支えが取れた人形のようにずるりとその身を塀に滑らせる。
「…く、櫛の場所は言いました。ですから、その、後は見逃して下さい!もう、これだけにしますから…!」
ついて少年の口から出るのは当初の懇願。何を思ったか、男はそれが優しく見える程に微笑んだ。
「さっきも言っただろう?」
突如、少年の視界が白に霞んだ。
男の拳が彼の腹にあった。元より力など抜けていた。そして受けた衝撃に少年はいとも容易く意識さえも手放した。

どさりと、彼の小さな身体が男の肩に落ち、作られたばかりの紅の道が目に止まる。軽く顔を近付けさせれば、男は内緒話を囁くように呟いた。
「…君の都合は、僕には関係ない」

―盗品の奪取、そして犯人の確保。双方揃って依頼達成、片方が欠ければ契約は無効とする。

それが男が請けた雇い主からの依頼内容だった。
少年を片肩で背負い振り返るように立ち上がる。だらりと垂れ下がる少年を押さえようとし、ふと己の手が視界に映った。
当然の如く、爪先が紅く染まっている。皮膚との隙間には皮膚か肉かの欠片が挟まる。緩くその手を振れば爪先からちたと紅が落ちた。
依頼の品を回収に行く前にこれぐらいは流していくべきだろう。ハナシュは面倒だと言うように軽く肩を落とせば、下がりかけた少年を担ぎ直し元来た道を歩き始める。



昔から爪を伸ばしておくことが癖だった。
何が目的で、どうして伸ばし始めたのか。既にもう忘れてしまったが。

――――――――――――――――――――――――――――

大事なことなので三回言いました。

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