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常に無謀で向う見ず
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Side:C
【そんな彼女の乙女心】

(本編続きから)

香ばしい匂いが天火から漂ってくる。
花を咲かせていた談笑に断りを入れ打ち切った。シーリーンもまた匂いに気付いたらしく、匂いに釣られるよう天火へと駆ける。
「こら、素手で触るんじゃねぇぞ」
「そ、そこまでドジじゃないです!」
今にも取っ手を掴みそうであったので言ったのだが。慌てるように引込んだ手を見送ればけらりと笑う。
厚手の布をあてがい蓋を開ける。天火に籠っていた匂いが一気に外へ流れ、厨房は甘い香りに包まれた。
天火の中を見れば綺麗に並べられた菱形の生地が良い焼き色を付けている。もう良い頃合だ。
「よし、十分だな。リーン、出すからテーブル片付けてくれ」
「はーい、姉さん」
楽しげに返事をすればシーリーンはテーブルに広げられた茶器を隅へと片付けた。焼き上がるまでの時間潰しにと用意していたものだ。
普段の彼女であればゆっくり片付けたであろうが、焼けた菓子が余程楽しみなのだろう。今日の動きは眼を見張る程に手早い。
開けたテーブルに天火の中身を取り出す。こんがりと焼けたバクラワは見た目には満足の出来栄えである。
最後の仕上げであるシロップも十分に冷めているだろう。器を引き寄せようと手を伸ばす。が、何故かある筈の場所で空を掴んだ。
「クラウ姉さん!もうかけていいですか?」
声に視線を上げると、シーリーンがシロップを手に持ち目を輝かせていた。
それを見れば笑みを作り、応えるように親指をぐいと上げる。
「おう、思い切りかけてやれ」
返事をすれば彼女は先程と同じように声を返し、刷毛にたっぷりとシロップを染み込ませた。

たっぷりとシロップをかけられたバクラワはすっかり光沢に包まれていた。甘い匂いも先程より増し、食欲をかきたてられる。
それはどうやら、シーリーンも同じのようだ。
「あとは…」
「姉さん、姉さんっ」
くい、と袖を引かれる。
顔を見ずとも、何となく言いたいことは分かるものだ。故に一つ、釘を刺しておく。
「…味が染みるまで、お預けだ」
「………うー」
残念そうに頭を垂れる彼女を見、くつりと一つ笑った。



*



シロップを染み込ませる為に昼を挟んだ。改めてバクラワの様子を確認すれば、クライズクラウからもう良いだろうと号令がかかる。
すればシーリーンは胸の前で手を叩き喜び、何やら期待した眼差しで此方を見つめた。
その眼を見遣ればよし、と大きく頷いてやる。
「一つ味見してみな」
「頂きますっ」
そう言うが早いか、彼女は早速菱形を一つ手に取った。
大事そうに両手で包めば、その小さな口に一口頬張る。その口の中ではバクラワの甘さとナッツの香ばしさが広がっているだろうか。
みるみる綻んでいく顔を眺めれば、想像に難くないことでもある。
「すっごく美味しいです!」
「そいつは良かった、成功だな」
満足気に頷けばシーリーンも嬉しそうに笑った。

いつの間にか先程片された茶器が出され、バクラワを囲んだ小さな茶会が始まっていた。
シーリーンが甘く味付けされたチャイを口に運んだとき、ふと小首を傾げた。
「クラウ姉さん、食べないんですか?」
クライズクラウの側に並んだ菓子が減っていないのだ。
彼女も多く食べているというわけではないが、どうやらクライズクラウは一つも食べていないように見える。
嗚呼、と思い出したように口を開く。
「この後約束があるんだ、そのついでに差入れ持ってこうと思ってな」

ぴたり、シーリーンの動きが止まって見えた。
「………リーン?」
今度は此方が首を傾げた。
彼女はと言うと眉に皺を寄せ、不機嫌そうに口を尖らせている。
滅多に見えない表情だろうが、恐らくそのようなことを思っている場合ではない。
「おい、どうかしたか」
「またバシットゥさんのところですか?」
表情を変えぬまま、シーリーンが尋ねる。
何が気になっているのか、まだ察しを付けることが出来ない。
「そうだが、それがどうかしたかぃ?」
何せ唯でさえ魔道具の町であるというのに、更に件の大合戦の最中なのである。町は今やトラップを散りばめたダンジョンと言っても差し支えないだろう。そんな中、ジーニーでもない自分が態々外に出掛ける理由もない。
状況は話の彼も同じらしく、遊びに行くことを快く了承してくれていた。

クライズクラウの回答を聞けば、シーリーンは更に寄せた皺を深くした。
それに気付いていないのか、クライズクラウは思いついたように声を明るくさせる。
「あ、良かったらリーンも来るかぃ。旦那の話結構面白い」
「行きませんっ!」
がたんと大きな音を立て、シーリーンは椅子を勢い良く倒した。
思わず、眼が丸になる。
どことなく、シーリーンの顔が紅潮しているように見えた。
「もう姉さんなんて知りませんっ!」
「リーン!ちょっと待てって!」
呼び止めるも、シーリーンはそのまま振り切るようにその場から駆けて行ってしまった。
途方に暮れる中、ふわりと甘い匂いが漂う。
結局、何が彼女の機嫌を欠いたのか知ることは出来なかった。



*



「そりゃあ嫉妬してるに決まってンだろ」
広場の光が薄くなる頃、徐々に隊商宿に戻る面子からクライズクラウはワハルを捕まえていた。
結局あの後シーリーンは戻らず、バクラワも差入れ分を引抜いても余ってしまった。
話のあらましを聞いたワハルは小さな籠に移されたそれを一つ摘み、先のように述べる。
「嫉妬?俺にかぃ?」
「違ぇ違ぇ、そのバシットゥにだ。クラウを独り占めされてるみてぇで面白くないってわけだ」
「何だぃそりゃ、それなら黒の旦那絡みの方が妥当じゃねぇか」
からりと笑う。が、ワハルは何も冗談で言っているようではないようだ。
「クラウ、お前ェさんさては最近シーリーンに構ってねぇな」
「そんなこたぁ………」
言い終わる前に思い返す。そう言えば、そうかも知れない。
普段ならば、店を巡るなど彼女と行動するときは外へ出ることが多い。
自然と隊商宿で過ごす時間が長くなった今、その機会は大分減っているだろう。
それだそれだと、ワハルは豪快に笑い飛ばす。
「それでお前ェさんがバシットゥのとこに行ってるから、あいつは妬いちまったわけだ。ニクいことするなァ!」
そこまで言われれば、此方はもう苦笑いしか浮かべるものがない。
「どぉにも誤解招きそうな言い方じゃねぇか」
まるで恋人を取られた奴みたいじゃないか。そう漏らせば彼はさも愉快だと笑った。

ふと、ワハルは唐突に真面目な顔を作った。
「だがそれ抜きにしても御熱心に見えるぜ。シーリーンの奴じゃなくても分からァ」
「そうかぃ?」
クライズクラウにはそう感じるところはないのだろう、あくまで軽く相槌を返す。
それでも飽く迄もワハルは自信たっぷりに続ける。
「神官だってならハーティムの野郎だってそうだろ?なんでまたそう大神殿に拘るんでぃ」
宿へと戻る波が収まりつつある。此処からでは分からないが、もう夜になるのだろう。
そうとなれば二人の周囲もまた賑やかになってくる。この程なら、話しても辺りに紛れるだろうか。
「………俺が捨て子だって話はしたっけか?」
「おぅまぁ…軽く聞いたな」
クライズクラウにとってはこれと言って話し難い話題ではない。だが、そこで変に気を使われるのは避けたくもあり、近しい間柄にしか口に出さないようにしている。
軽く周りを見渡す。どうやら、予想の通り話は聞かれていないようだ。
「…ま、そんとき拾ってくれたのが大神殿から巡礼に来てた神官様でさ。憧れみてぇなのは確かにあるかも知れねぇなぁ」
「憧れなァ。このバクラワみてぇに甘いのはねぇのか」
「生憎、シロップ担当はリーンだぜ?」
一つ口に放り込む。甘いだろ、そう問えば甘い筈だと愉快な男の声が返った。

「しっかし、嫉妬させっぱなしじゃ人が悪いってモンだろ」
大袈裟とも取れる程に頷き、ワハルは言葉で攻め寄る。はっきりさせておかなければ気が済まないのだろうが、こういうところが彼らしい。
だが、彼の言うことも最もだろう。
「だな、ちょぃと話してみるか。じゃねぇと…」
僅かに間を置けば、にぃと意地悪く笑う。
「黒の旦那にも悪ぃぜ」
それを聞けばワハルもまた同じようににやりと笑う。鮮やかな翠の顎髭を一撫ですれば、その身をぐいと乗り出した。
「悪ぃも何も、ここは一つアムスィの奴が嫉妬するぐれェにくっついてみちゃァどうだ」
「あの旦那が嫉妬するとは思えねぇな」
「そこをどうにかするんだろ。俺が思うに、あいつからもっとシーリーンに押しをかけるべきだと」
その後暫く、彼の弁舌を聞かされることとなる。



*



廊下を進んでいると、先の曲がり角で見覚えある黄色のベールと薄紅の髪が奥に消えるのが見えた。
速足に、その後を駆ける。
「リーン!」
目当ての彼女にはすぐに追いつき、その細い肩を掴み呼び止めた。
予想だにしなかったからなのだろ、シーリーンは驚き振り返れば一瞬嬉しそうに笑いかけた。だが、先刻のことを思い返してかその表情はすぐに険しいものに変わる。
「…なんですか、姉さん」
シーリーンは昼間のようにつん、とつれない顔のままそっぽを向いてしまった。
やれと、一度肩を落とす。
「いつまで拗ねてるんだぃ」
「拗ねてなんていません!」
逸れた目を合わせようと身体をずらせば、彼女は反発する磁石のように反対へと顔を向ける。
そのやり取りを数度繰り返したが、最後に折れたのはクライズクラウであった。こういうときの彼女はどうやら頑固なようだ。

壁と睨めっこを始めてしまったシーリーンに声をかける。短いながら言葉が返り、話は聞いてくれるようだと安心する。
「そうだ、リーン明日暇だろ?」
「………暇じゃないです」
「黒の旦那は仕事なんだろ」
「…」
これは先程ワハルから貰った情報だ。
その他に何か用事があるのではと思ったが、反応を見るに杞憂だったようだ。
「どうだぃ、久しぶりに店巡りってのは」
「外は危ないって言ったの、姉さんじゃないですか」
「隊商の商人とこなら大丈夫だろ?」
いつもの調子で軽く笑って見せれば、幾分彼女の態度が和らいだように思えた。
だが、まだ彼女なりに意地があるらしく、僅かに此方を見ただけですぐに視線を戻してしまう。
もう少しだけ、押してみる。
「ほら、リーン前に薔薇水欲しいって言ってただろ。ついでに探しに行こうじゃねぇか」
同意を求めるようにシーリーンと肩を叩く。
壁を見ていた目線が、今度は床へと落ちた。

シーリーンは時折脚を組み換えながら、どうしようかと考えているようだった。
やがて彼女は落着かなさ気に視線を巡らせ、数時間ぶりに此方に顔を向けた。
「………明日、一緒に行ってもいいですよ」
「お、本当かぃ」
調子良さ気に一つ笑う。
その直後、シーリーンが一歩詰め寄った。
「ですけど、」


「その代わり、これからお喋りに付き合ってもらいます」


は、と言葉が漏れた。
「…これからかぃ?」
「はい、これからです」
頷く彼女の眼を見遣る。この眼はどう見ても、本気だ。
「昼にお喋り出来なかった分です!」
更にシーリーンは一歩詰め、クライズクラウの腕を掴み引き寄せた。
「って言ってももう遅いぜ?黒の旦那だって心配する、」
「その時は姉さんのところに泊まります!とにかく今日は付き合ってもらいますから!」
そう言うが早いか、彼女はクライズクラウの手を引き廊下を進み始める。
足が縺れかけながら彼女に続く。
諦めるように息をつくが、それでもいつもの調子のシーリーンに笑みが浮かぶ。
そして急ぐように足を進めるシーリーンにこう言った。

「リーン、俺の部屋に行くなら逆だぞ」
振りかえった彼女の顔は、恥ずかしそうに真っ赤であった。

――――――――――――――――――――――――――――
シーリーン(@たまださん)、ワハル(@卍さん)、お名前だけバシットゥ(@夜鳥さん)、アムスィ(@シマムラさん)、ハーティム(@千影さん)お借りしました。



あんまり懐き過ぎるとリーンちゃんが妬いちゃうということだったので!
そういえば捨て子の下りを詳細に書き忘れていた気がしまs(スパァン)この程度に神官好きと思って下されば。(・ω・;三;・ω・)

後念の為、クライズクラウにフラグはないです、クラクラはいつでも色恋には外野!\(^o^)/
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