ｷｬｯｷｬｯｳﾌﾌ。

Side:H
【短刀の楽しみ方】

（本編続きから）

ガラス越しの水がこぽこぽと音を立て、中に煙がこもり出す。
パイプを口に咥え、大きくゆっくりと空気を吸い込めば甘いトゥッファーハの香りが広がった。
日が昇りきった昼下がり、天幕前に作られた簡単な休憩所で過ごすにはシーシャから吸い込む冷えた煙は心地良かった。
階段状になった石畳に敷かれた絨毯に腰かけ、ハナシュは遺跡を往き来する人々を眺めていた。
唯、眺める為にこうして居るわけではないのだが。

「凄い綺麗！こんなの初めて見るよ」
シーシャの横に何気なく広げられたケース。その中に仕舞われた数本のナイフから一本手に取りコランサイファは声を上げた。
緩く曲線を描いた刀身は鞘に収められてあったが、その鞘は見事な装飾が施されている。
柄に近い部分には大きな蒼の輝石が嵌めこまれ、切先に向かうにつれ細かなものへと代わり色鮮やかな模様を描く。
「それは装飾品だ、抜いてみるといい」
勧められるまま少女が鞘から引き抜くと、銀の刀身が姿を見せた。
良く手入れがされているのだろう、それに曇りはなく丁寧に削り付けられた羽根の模様が美しかった。
但しその切先は丸く、実戦用でないことが窺い知れる。

日頃から芸として刀剣を扱うからか、少女は手慣れた手つきでナイフを眺めていた。
男が揃えるナイフはどれも実用的なものには程遠く、装飾的なものや変なギミックが仕込まれたものが並ぶ。
「本当に使うものじゃないやつばっかなんだね」
「趣向で集めているだけだからな」
「なんだかおじさんがこういう綺麗なもの好きだなんて、意外だなー」
コランサイファが面白そうに笑うと、ハナシュはそうでもないと口先を上げる。
口元からパイプを離し、息を吐き出せば煙が辺りに広がった。
「元々装飾の類は好んでた。昔は僕も音が鳴る程付けてたぞ」
「おじさんが？全然想像つかないや」
その姿を想像したのだろうか、その大きな目を空に向け、やがて耐えられないと息を吹き出した。

「…あれ、これは？なんだか他と違うね」
コランサイファが取り上げたのは装飾こそ施されているものの、他と比べるとどこか褪せた印象を感じるナイフだった。
鞘に収められてこそいないが、他の物と同じように手入れもされてある。しかし、どこか褪せた雰囲気を感じさせるのだ。
「嗚呼、それか」
少女が手にしたナイフを見遣ると、ハナシュは軽く目を空に泳がせた。
やがて少女がよく見ようと指先を切先に伸ばすと同時に男は口を開く。
「それは、ある国の終皇帝を暗殺したときに使われた毒刃」
「っ、ひゃっ…！」
その言葉にコランサイファは急ぎ切先から手を引き、ナイフを出来るだけ遠ざけようと逆手を伸ばしきる。その場に離すわけにはいかず、嫌でもその手に力が入る。
だが、当のハナシュは未だに面白げにその様子を見遣り、続けた。
「………の、レプリカだ」
「……………へ？」
少女の気の抜けた声が返る。
「ようは模造品、偽物だ」
「そんな…！酷いやおじさん！」
機嫌を損ねたのか、少女はハナシュから顔を背け代わりに『レプリカ』をその顔に向けた。
改めて見れば他のどの刃よりも、それこそ少女が常使っている刀剣とは比べ物にならない程に刃が丸い。
恐らく、装飾用とも実戦用とも違う、男のようなナイフ収集を趣向とする者に向けて作られたものなのだろう。
だがどちらにしても、趣味が悪い。

「そもそも、そのケースには下手に触らなければ危害はないものばかりだ。でないと君には触らせない」
「そりゃ、そうなんだろうけどさ……」
ふと、少女は何か思い立ったのかくるりと首を回し男の顔を見据えた。
「…『その』ってことは、他にはあるの？」
恐る恐るとした問いかけに男は唯、笑みを浮かべる。
少女が握るナイフをその手から取り、元の場所へと仕舞い止め紐を掛ける。
「コランサイファ君」



「知らぬ内が、華と言う」
かちん、と音を立て男のコレクションは閉じられた。

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コランサイファ（＠秋野綾さん）お借りしました。

ナイフを見るのが好きな幼女が居たなら、ナイフ収集好きとしてｷｬｯｷｬｯｳﾌﾌせざるを得ないだろう！（くわっ。