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常に無謀で向う見ず
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Side:B
【ナナシ】

(本編続きから)


その日、早くに野営地を決めることになった。
この先路が悪く、日が落ちる前までに他の野営地を見つけるのは困難だろうとの判断だ。
されどさして珍しいことではなく、準備に取り掛かる皆々の手際は実に手早かった。
粗方の天幕が立並び、其々に一息入れ始めた頃、少女が一人足早に駆けていた。
何かを探すように目をしきりに動かし、時折立ち止まりながら天幕の合間を縫っていく。
そして、礫の合間から僅かに草が茂る一角、其処に立てられた天幕の陰に目的のものを見つけた。

「こんなところに居たの、バラカート」
少女は不機嫌な様子を隠そうとせずに言い放った。
言葉の先の男はというと、そのようなことよりも少女が探していたという方に驚きを見せた。
「リーフか、珍しいな…どうした?」
事もなく返す男に少女、リーフはまだ何か言いたげであったが元々用なく来たわけではない。
リーフは仕方なく、其方の言葉を仕舞いこんだ。
「この前ルフ見せてって言ったでしょ?…今は邪魔だったかしら?」
この前、というのは以前白の天幕で交わした約束だ。だが男の方はというと忘れていたらしく、聞かれ漸く嗚呼、と思い出したようである。
「別に邪魔じゃない、こいつらの仕事も終わったところだしな」
「そっちのことじゃないわよ、こっちよこっち」
そうリーフは男の隣を示した。男の陰にもう一人、動いた人影があった。
「…!……っ」
人影――スィニエーリは、言葉の意味を察するとリーフの視線から外れるように顔を背けてしまう。
日が落ちきらない、まだ暑さが残る時間である。多少機嫌の方にも触ったのかもしれない。
やれ、と男は仕方なさそうに息をつけば少女に更に奥を見ろと示す。
「…元々二人ってわけでもねぇよ」

あら、とリーフは手を口にあてる。
其処は丁度陰が最も深いところであり、少女から見ると死角になっていたようだ。
かくゆう当人は、かくれんぼから見つかったとでも言うように笑う。
「ほっほっほっ、儂も邪魔になると思うたが先生がどうしてもと言いなさるでの」
「エビ、そこまでは言ってねぇよ」
老人はそうだっただろうかとあくまで惚けた風だ。男もそれ以上返しても仕方ないと分かっているのか、言葉を繋げようとはしなかった。
スィニエーリからも言葉はない。もしかしたら照れているのだろうか、暫く口を聞かないつもりかも知れない。
その様子が面白いのかリーフはくすりと笑って見せた。

ふと、何かがリーフの鼻先を掠めた。
降り始めの雨がかかったような感覚。そう感じでそれが初めて液体であると分かった。
何かと目を配らせれば今度はしっかりとそれはリーフの頬に触れた。触れた、というよりは叩いた、と言うべきなのだろうが。
「きゃっ!」
反射的に身を返す。頬に触れてみると微かに濡れている。
「ちょっと、何これ!何かいるの!?」
戸惑いと焦りから少女の声が大きくなる。それに対し、男の声は平坦なものだった。
「そう怒鳴るな、いつものことだ」
「初めて見る方には構ってもらいたいらしくての。儂もよく悪戯されておる」
どこか懐かしむようにエビは目を細める。聞くだけには世話話のようであるが、それが反ってリーフを苛立たせる。
元々感情を押し殺すように育ってはいないのだろう、遮るものがない言葉はさらさらと口から零れてくる。
「いい加減にして頂戴!からかわれる為に来たわけじゃないのよ!」
「悪い悪い、からかってるわけじゃねぇよ」
バラカートはつ、と視線を上に向ける。
「おい」
一つ、そう呼ぶとその視線の先で何かが跳ねた。
光を反射させているのだろう、その姿を捉えることは出来ないが旋回しながら此方へ降りてきていることが分かる。
やがてそれは少女の前髪を濡らし、その眼前で動きを止めた。

それは言わば、水の魚であった。
手ほどの大きさの魚は、身よりも大きなひれをゆっくりと動かしながらリーフを見つめている。言わば、好奇心の目だ。
透き通った水の身体は風を受け波紋を広がらせる。それを除けばまるで硝子のようだと、少女は思う。
その身体に触れようと手を伸ばした途端、魚は身を翻した。その際、尾びれがまた少女の頬を撫でる。
「っ、冷、たい…!」
今度は姿が見える為か、驚きの声は上がらない。普段であれば暑さを誤魔化す良い冷却材になったであろうが、今の状況では有難迷惑であろう。
騒ぎの張本人は既に主の元に辿り着いていた。叱りを入れようと手を上げるが魚は容易くその手を抜けていく。
やれと、男は息をつく。
「…まぁ、取り合えずこいつが先に言ったルフだ。性格は…」
「見れば分かるわ、やんちゃの悪戯好きってところね」
リーフは濡れた頬を拭いながら疲れたと愚痴を漏らすのだった。

「そういえば、もう一つ居るって言ってなかった?人型の」
その問いに男は膝上に置かれた手帳を一つ叩いた。
「引篭もり中だ」
「何それ?」
口足らずな男の代わりに、エビがその先を続ける。
「その子は人見知りをするようでの、照れ屋でもあるかな…。じゃが、とても可愛らしい子であるよ」
「あら、可愛い子なら見てみたいわ。私も会えるかしら?」
せめてそのルフが入っている手帳を見ようとリーフは身を乗り出す。当然バラカートは避けようとするが、後ろが天幕の為、変に沈み込んでしまう。
仕方ないと、男は無理矢理に少女を遠ざけた。
その横でまたエビは柔らかく、しかし可笑しげに笑う。
「顔を覚えて貰うと見せてもらえるよ。なぁに、お嬢さんならすぐだとも」
「…こっちはあんまり頻繁に来られても困る」
バラカートは不満を漏らす。
「あら、別にいいじゃない。あ、それとも別の方でやっぱり邪魔?」
「別に邪魔じゃねぇって言ってるだろ」
「ほっほっほっ」
どうやら照れ隠しとでも思われているようだ。同じ場に居られるよりも、男にとってはこうして話題にあがる方が煩わしかった。
水の魚もからかうようにバラカートとスィニエーリの間を行き来している。また叱る為手を上げれば今度はぱしゃん、と小さな飛沫を上げるに至る。
抗議のつもりか二、三その場で跳ねると、するりとスィニエーリの方へ泳いでしまった。
微笑ましい光景を見たという用に、少女が笑う。
「スィニエーリに懐いてるの?」
「そうじゃのう、先生より懐いてるのかも知れませんの」
「否定はしねぇ」



やがて日が沈み始めた。リーフも見張りの交代時間なのだろう、そろそろ離れようと目を配らせる。
ふと、訊き忘れたと少女は振り返る。
「この子達、名前はなんて言うの?」
バラカートも失念していたのだろう、一瞬何を問われたのか思い当たらなかったようだ。
暫し考え、漸く嗚呼と言って手帳を叩く。
「こいつはニーニエル」
「あっちの子は?」
少女は今だ落ち着きなく泳ぐ魚を示す。男も先ほどと変わらぬ調子で答えた。
「ない」
「ナイ?」
「いや、名前はねぇ」
今度はリーフが何を言われたのかと呆ける番であった。それもその筈、両方にないというのであればまだしも男は片方だけ名前がないと答えたのだ。
少女は怪訝な思いを隠すことなく男に向けた。
「どうして片方だけないの?贔屓?」
「そんなんじゃねぇよ、ニーニエルは元から名前があった、こいつにはなかった。それだけの話だ」
「………何か、変な話ね」
納得はしていないのだろうが、一先ず少女はそれで引き下がることにした。時間が迫る、リーフは挨拶を軽く済ませると持ち場に駆け出した。




此方もそろそろ戻ろうかと、荷物を纏めた頃スィニエーリが一つ歩みを寄せる。傍らにはまだ魚が付き添っていた。
「こやつには名前がなかったのかや?」
一つ、バラカートは頷く。
思えば、男はあまり名前でルフを呼ばない。召喚士であるエビならばともかく、このルフに名前がないと語るのは初めてであるだろう。
「つけたらどうだと言われたこともあるんだが、俺がつけるのじゃ気に食わないみたいでな。それ以来頭に入れてなかったが…」
スィニエーリは指をそっ、と魚に近付ける。触れれば心地よい冷たさが伝わり、魚の身体に波紋が広がった。
その横では老人が蓄えた白髭をゆっくりと撫でる。
「その子の気持ちもありますからな、名前も気に入るものを付けてあげたいものじゃのう」
「ま、俺が考えるやつはお断りみてぇだし、どうしようもねぇよ」
そう男は笑い、一蹴する。
その間スィニエーリはずっと指先を水の魚に向けていた。魚は彼女の手先で泳ぎ、廻り、跳ねる。
名前がないというその子が、どうも気になって仕方がないのだ。
やがてその様子に男が気付いた。
「…気になるのか?」
「……む、いや、そういうわけでは…」
彼女は慌てて伸ばしていた指先を引き戻す。が、既に見られていたのだから意味がない。
男は緩く笑うと一つ言葉を向ける。

「なんなら、名前付けてみるか?」
そう問われるとは思っていなかったのだろう。あまり表情を動かさない彼女ではあるが、そのときは僅かに目を開かせた。
対照的にエビはそれは名案だと頷いた。
「スィニエーリ殿ならその子も好く名前になるのではないかな」
「そのようなこと、分からぬであろう」
そう彼女は渋るが、その目先を話の魚が通り過ぎる。
話を理解しているのか、それともそう見えるだけか、心なしか先ほどより楽しげに見えた。
その様子を目を細め、老人は見遣る。
「ほっほっ、楽しみだと言っておるよ」
「…そうは言うても、行き成り思いつくものでもなかろう」
そう言い終わると彼女はその長い袖で口元を隠し、言い淀む。断る言葉か、それとも名か、何かを思案しているようでもある。
言葉が止まっていても、相変わらず水の魚は楽しげに跳ねていた。
右に左に、上に下にと忙しなく動くその魚をどうしてもスィニエーリは目で追ってしまう。
バラカートは暫くそれを見ていたが、漸くそれならと口を開く。
「思い浮かんだときにでも言ってくれ。どうせ他につける奴も居ねぇしな」
その言葉にスィニエーリは視線を動かすのを止めた。
そしてやはり暫く考え、答えを出す。
「………つけさせたからには、呼ばぬと承知せぬからの」
「分かってる」
そのやり取りに老人から含みのある笑みを向けられ、男は眉を寄せる。
意味もなく髪を掻けば泳ぐ魚が掠めてきた。いい加減戻れと住処を叩けば魚は不満気に辺りを周りだす。
やがてその動きが緩やかになると大きく空に飛び跳ね、そのまま己の住処へと飛び込んだ。
最後に大きな飛沫をあげ、名前を楽しみにしているとその場に伝えた。

――――――――――――――――――――――――――――
リーフ(@えるみ灑羅さん)、スィニエーリ(@秋野綾さん)、エビ(@ささおか梓水さん)お借りしました。

書いていたら水ルフの独壇場になっていたなd
漸く前期から名前がなかった(正確には10年近く)水ルフに名前がつきそうです。

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